前回に引き続き、錫器に描かれている模様について解説させていただきます。

「菊」
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奈良時代に薬草として中国より伝わりました菊は、その薬効から「不老長寿」の象徴としておおくの場で親しまれてまいりました。

模様として使われ始めたのは平安時代の頃からでございまして、この頃には中国の故事にちなみ、陰暦の9月9日に菊の花をめでながら菊酒を飲んで邪気を払い、それによって長寿を願う「重陽の節句」が貴族の間で行われ、それとともに菊の模様が器物に描かれはじめるようになってゆきます。

その後も各時代を通じて権力者に好まれ、鎌倉時代には後鳥羽上皇が好んで使い始めたことから皇室の象徴となり、室町時代には菊水伝説からの不老長寿をねがって菊の模様をあしらった具足を多く見ることができます。

江戸時代には菊の栽培が庶民へ広がるとともに品種改良が進み、菊の形とそれをかたどった模様も多彩なものとなってゆきます。



「蘭」
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控えめな姿と気品ある香りから学識ある賢人である「君子」の象徴とされ、君子の比喩として、またそのそばにある花として孔子にも詠まれるなど古来より珍重されてきた花でございます。

しかしこの蘭、日本において模様としてはあまり見かけるものではございません。

どうも「高貴な花」とされ、またそのように扱われてきた蘭なのですが日本においてはその位置に藤原氏の「藤」の花が据えられているようで公家大名の嗜好品として蘭の花が珍重されてはいたようですが、画題としてはその控えめな姿ゆえかあまり登場することがございませんでした。

蘭の模様が広く使われるようになるのは明治の時代になってからでして、イギリスよりもたらされたラン科のカトレヤ(カトレア)が文明開化・脱亜入欧的なことからもてはやされて広く使われるようになってからでございます。

ただこのカトレヤ、同じラン科ではありましても古来より珍重されてきた東洋ランとは由来もつかわれ方も異なりますのでカトレヤが君子を象徴することはございません。

また今日、祝いの場でよく見かける「きらびやかな見た目」と「ほとんど香りがしない」という特徴をもつ胡蝶蘭も同様に君子を象徴することはございませんのでご注意下さい。





「四君子」
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俗世を離れ、気品ある香りを漂わせる「蘭」
節をもち、曲がることなく真直ぐ伸びる「竹」
周りの花が散ってゆく中、最後まで花を咲かせ続ける「菊」
他の花と争わず、最初に花を咲かせる「梅」

君子としての特長をもつ4つの植物を合わせ、ひとつの画題としたものが「四君子」でございます。

この四君子、五常や六徳といった「人はかくあるべし」という思想を好む中国において、それを象徴する画題として数多くの文人画に描かれておりまして、日本においても同様に古くから絵画の画題として描かれてまいりました。

また春の蘭、夏の竹、秋の菊、冬の梅、と四季に対応する柄をもつ吉祥模様ともされておりまして、季節に関係なく年間を通じて使うことのできるのも便利なところでございます。


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